不法行為に基づく損害賠償責任?(求人と実際の労働条件が違っているとの申出)
今回の記事はいろいろな論点を含んでいて、なかなか面白く感じたので取り上げてみようかと思います。(実際、相談のあった事案です。)
厚生労働省が「ハローワークにおける求人票の記載内容と実際の労働条件の相違に係る申出等の件数」を取りまとめ、発表しています。
つまり「ウソの求人票の実態」についてです。
厚生労働省
(平成27年度ハローワークにおける求人票の記載内容と実際の労働条件の相違に係る申出等の件数を公表します)
(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000126598.html)
これによると、「(1)求人票の記載内容と実際の労働条件が相違していると申出のあった件数は10,937件(前年度10.7%減)
(2)申出等の内容の上位は、「求人票の内容が実際と異なる」3,926 件(36%)「求人者の説明不足」2,540 件(23%)
同省では、「迅速な事実確認や必要な是正指導などを徹底。求人票の記載内容が適切なものとなるように努め、求職者の方の期待と信頼に応えられる職業紹介等を行っていく。」とあります。
年間1万件の申し出。スゴイ件数ですがある意味、当たり前かもしれません。
なぜ当たり前かというと、この問題、ちょうど「法律のスキマ」に陥っているからです。まずは①労働基準法です。
①労働基準法第15条に「労働条件の明示」とあります。ご存じの様に、労働条件の明示とは労働者個々人に対して書面で明示、交付される「労働条件通知書」等のことです。
ですが、ハローワークに掲載されている求人票はあくまでも募集の際に提示する労働条件の目安であり、労働基準法第15条で定める労働条件の明示には該当しません。
つまり、多少乱暴ですが、“求人票等の内容は実態と異なっていたとしても、労働契約締結時に労基法15条に則った「労働条件通知書」を交付していればOK”なのが現状です。
*詳しくは「千代田工業事件」H2.3.8大阪高裁
・厚生労働省 「確かめよう労働条件」 裁判例
(http://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/shogu/different.html)や
「かなざわ総本舗事件」東京高判昭61.10.14
・独立行政法人労働政策研究・研修機構 個別労働関係紛争判例集
(http://www.jil.go.jp/hanrei/conts/007.html)
などが参考になります。
次に②職業安定法(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO141.html)です。②職安法5条5項に「公共職業安定所、特定地方公共団体及び職業紹介事業者は、求人の申込みは全て受理しなければならない。」とあり、ハローワークは求人及び求職の申込みのすべてを受理する義務があるのですが、同65条8項に「虚偽の広告をなし、(略)職業紹介、(略)を行つた者(略)者」は「六月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処す」とあります。
・・・要するに同じ求人内容で法律の解釈がカチ会っているのです。
まだあります。今度は③民法です。③民法1条2項に(信義誠実の原則)、709条に(不法行為による損害賠償)とあります。
これは労働契約締結過程において、求職者が企業と協議などを重ねることによって、労働契約の締結が確実であるとの期待を有する段階に至ったのちにおいて、企業が交渉を破棄し契約締結がなされなかった場合には、企業は労働契約締結過程上の信義則に反するとして、求職者に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性がある。と言うことです。
これは、①をクリアしたケースでも、裁判では違法と判断されてしまうかもしれないと言う事なのです。なおかつ、反対の結論を出した判例もある始末です。
もう訳が分かりません。解釈の基準が分からないので当たり前です。
打開策として青少年の雇用の促進等に関する法律(若者雇用促進法)に基づき以下の様な取り組みがされています。
・「ブラック」な企業の求人は受理されない。
・違法な長時間労働や残業代を払わないといった違反を1年間に2回以上労働基準監督署から是正指導されるなどした企業が対象。
全国的に労働者が不足*1している現在ウソをついてでも、人手を確保したい気持ちは良く分かります。
ですが、「騙された!条件が違うじゃん!」と感じた人が、会社に貢献するでしょうか?
新卒採用者であれ、中途採用者であれ、
その個人の仕事の適応力や処理能力など、(はっきり申し上げて)採用時に分かるはずがありません。(キッパリ!)
ですから、採用の前段階として、「制度を準備」しておくことが重要です。
具体的な対策として、
①採用時は、同業種全国平均給与*2(チョット高いです。)や県内同業種平均給与*3などを目安にした、暫定給与を設定する。(試用期間と考えて設定します。低すぎてはダメです。人が集まりません。)
②6月後・1年後などを目途に、自主評価などを基にした、給与面談等を実施。
など、この制度を前提とする就業規則や給与規定の整備など採用の前段階で準備をすれば、ずっと使い続けることが出来ます。
働いてもらう以上、労使双方、納得の上「労働契約」を締結した方がいいですし、するべきです。
その為にも上記対策を検討して頂き、社内の不満要因を少しでも無くす方向性を打ち出していただければと思います。
*1(平成28年2月労働経済動向調査「労働経済動向調査(平成28年2月)の概況
一番下の「報道発表資料」6ページを見てくださいね。この資料いろいろな示唆を含み、なかなか面白いです。)
(http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/keizai/1602/)
*2 国税庁 民間給与実態統計調査 年度別リンク
(https://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan/toukei.htm#kekka)
*3 経済産業省 地域経済分析 ご自分の県をクリックしてください。
(http://www.meti.go.jp/policy/local_economy/bunnseki/index.html)
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